大阪電気通信大学

認知バイアスを利用した疑似欧文書体の制作

DETAIL

疑似欧文書体「カモフラ」/ Pseudo European Typeface “CAMOUFLA”

認知バイアスのトップダウン処理を利用した、欧文書体に見えるカタカナフォント。

フォントのダウンロード / BOOTH

フォント収録文字
使用例「いろはうた」

MOTIVE

「Electroharmonix」に興味を持った

カナダのタイポグラファー、レイ・ララビー氏が1998年に制作した「Electroharmonix」という名前の欧文書体があり、「日本人には読めない」と言われているため興味を持った。

なぜそう言われているのか、脳が辻褄を合わせているのではないかと考えた。理由としては、このフォントの太さや字形がゴシック体に近く、カタカナや漢字をベースとしてそれらに見間違うように制作されているため、初めに日本語として認識しようとしてしまい、英語として読みづらいからだ。

ちなみに、外国の方は問題なく読めるが、読みづらいらしい。

なぜ日本人には読めないのか

調べた中で、トップダウン処理というものと状況が似ていると考えた。トップダウン処理とは、アメリカの認知科学・認知工学者のドナルド・アーサー・ノーマンと、コンピューター科学者のダニエル・グレアスコ・ボブロウによって提唱された脳のプロセスだ。これは、得た情報を知識や経験、状況などによって理解するプロセスで、予測して効率的に情報を処理するため素早く理解することができる。しかし、人によって認識のずれが起こる可能性がある。

トップダウン処理の例としては、「誤字・脱字」や「タイポグリセミア」などがある。

トップダウン処理によって、経験を元に形や文字の並びなどから推測して判断するために、日本語の経験が豊富な人、特に日本人には、Electroharmonixがカタカナに見えるのだろうという結論に至った。

分析を基に試作をした

このプロセスを利用して、アルファベットに見えるカタカナも制作することが可能ではないかと考えて試作をした。簡易的なため、不揃いで美しいフォントとは言えないが、実現は可能だと確信した。

試作

PROCESS

1.既存フォントの分析

初めてフォントを作るためまずは、既存のフォントを分析してどのように作られているのかを学んだ。

サンセリフ体よりもセリフ体の方が、一目見て和文書体でなく欧文書体だと認識しやすいと考え、オーソドックスなTimes New Romanや、他にはBaskerville・Cochinなどの欧文書体を参考にした。また、フォントの知識がない人でも使いやすいようにと考え、Wordの基本フォントである游明朝体や、ヒラギノ明朝体などと組み合わせられる想定をしている。しかし、欧文書体と和文書体では設計が違うため、試作のような設計方法では和文書体と合わせる際、不自然に見えてしまう。そのため、和文書体のように正方形で設計することも考えて、明朝体のカタカナや漢字の設計についても分析した。

分析する際、キャップハイトやベースラインの位置、ストロークのコントラスト、文字ごとのサイズの比率、セリフの使い方などに注目した。

2.セリフの付いたカタカナのスケッチ

疑似欧文書体をイメージしやすくするために、カタカナの字形はそのままに、セリフ体のルールでスケッチした。

スケッチの一例

3.疑似欧文書体をスケッチ

セリフ付きのカタカナを元に疑似欧文書体をスケッチした。スケッチの際に意識したこととしては、まず、他の文字と全く同じ字形にならないこと。他のフォントとの併用も考えているため、別の文字と同じ形だと見分けがつかなくなるので、なるべく字形が被らないようにした。

次に、統一感のあるデザインにすること。バラバラな作りでは美しいフォントには見えず、同じフォントだと認識されない可能性があるため、制作においてルールを作りそれに則ることで、統一感のあるデザインを目指した。

そして、カタカナであること。全く読めない、では文字として成り立たないと考え、かろうじて読めるラインを目指した。

スケッチから完成形への推移

4.Illustratorでデータを制作

まず、統一感を出すために、共通のエレメントから作成した。スケッチでは方眼紙を使用し、Illustratorでもグリッドを用いて作業しているが、1マス程度の誤差が発生することがあったため、そのほかの誤差にもすぐに対応できるよう、様々なエレメントを作成した。

次に、スケッチを元にエレメントを組み合わせ文字の字形を形成した。全文字の完成後、線の太さを調整して、全体的にウェイトが均一に見えるようにした。

最後に、FontForgeで読み込むために、文字データを一つ一つsvg形式で書き出した。

Illustrator作業風景

5.FontForgeでフォントにする

締めくくりとして、FontForgeを使用してデータをフォントとして使えるようにする。

まず、svgファイルを読み込む。次に、フォントを使用した際に字間が均一になるように調整をした。最後にフォントとして書き出して、完成。

その後、MacとWindowsにインストールして、使えることも確認した。

FontForge作業風景

PRESENTATION

kuralab.展

京都の優洛庵で開催したkuralab.展にて、2023年1月23日から29日の約1週間、先生や先輩の作品と共に自分の作品を展示した。

パネル展示をした疑似欧文書体

BOOTH

BOOTHにて、フォントを公開している。

そこでフォントデータを配布しており、パソコン等にインストールすることで使用できる。MacとWindowsでは動作することを確認した。

2023年1月19日に公開して、2023年1月31日までに20回ダウンロードされた。

フォントのダウンロード / BOOTH

コンテスト応募予定

大学卒業後に、以下のコンテストに応募する予定だ。

・日本タイポグラフィ年鑑 学生部門 タイプデザイン

部門11 学生

学生が主体となって授業で制作したものや自主制作されたもの
実物審査[オンスクリーン作品のみオンライン審査]
作品出品時に大学(短大・大学院を含む)、高等専門学校、専門学校に在学中の学生個人もしくはグループ。
2022年3月に卒業された方は卒業時に制作した卒業制作も出品対象となります。
アートディレクター、デザイナーは学生のみで構成されるものとします。

日本タイポグラフィ年鑑2023出品要項(PDF) より引用

 日本タイポグラフィ年鑑2023サイト https://typography.or.jp/annual/ja/

 主催:特定非営利活動法人 日本タイポグラフィ協会

・東京TDC賞 カテゴリー タイプデザイン

応募資格

① 資格不問。TDCでは応募者=タイプディレクター。
② 2021年9月から応募締切日までに制作あるいは発表された作品が原則。(期限外で特別な理由がある場合はその理由をお問い合せください。)
③ シリーズ作品の一部が応募期間外の場合、その旨を明記。*
④ 学生作品は指導者と無関係に学生が独立した立場で応募するものに限定。

東京TDC賞 Tokyo TDC Annual Awards 2023国内出品者用 応募要項 より引用

 東京TDC賞2023サイト https://tokyotypedirectorsclub.org/

 主催:特定非営利活動法人 東京タイプディレクターズクラブ

REFERENCES(参考文献)

Electroharmonix|レイ・ララビー|1998年

・認知バイアス見るだけノート|齋藤勇|2022|宝島社

知覚・認知の情報処理|知覚・認知心理学|比治山大学 社会臨床心理学科 吉田研究室

・レタリングエッセンス|大町尚友|1984|日本文芸社 

・レタリング マニュアル|ケン・バーバー|2021|ビー・エヌ・エヌ

FontForge|FontForge Project|ジョージ・ウィリアムズ

作者プロフィール

鍋島克騎

総合情報学部 ゲーム&メディア学科

ヴィジュアルデザイン研究室 所属

 

「いかなる時も楽しむことを忘れるな」

コメント


上田和浩2023-02-11T15:29:55

 これは、「Electroharmonix」とは逆に、カナ文字を読める外国人がアルファベットの字形に引きずられて日本語として読めないというコンセプトなのですね。(日本人も同程度の読みにくさを感じてしまいそうですが…)
イロハ表記だけでなく、実際の文章でこのフォントを使ったところを見たいと思いました。

鍋島克騎2023-02-11T17:53:25

コメントありがとうございます。
アルファベットは日本人も日常的に使っていて馴染みあるものなので、「字形に引きずられて」という意味では、日本人にも読みづらいというのは誉め言葉だと考えています。